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ランナー

僕のこのほんわか嬉しい気持ちが何なのか、僕にはよくわからない。

 

 

 

毎朝駅に向かってあわてて走っていくランナーに気付いたのは、もうかれこれ10年以上むかしのこと。

 

べつに知り合いでも何でもない。未だに挨拶すらしたことはない。

 

ただ、ランナーはいつも「やべぇ寝坊した!」って感じの必死な形相で僕の前を通り過ぎてゆく。

 

 

 

初めて僕がランナーに気付いた頃、ランナーは洗いざらしのラガーシャツに腰履き気味のだぶついたジーンズ。片方の肩にだけかけたリュック。いかにも大学生って感じで走っていた。

 

ある時はパンをかじりながら、またある時はズレ落ちそうなパンツを手で引き上げながら、毎朝学校に遅刻しないために懸命に走り過ぎていった。

 

 

 

何年か経ち、ランナーの走る時間が不規則になる。

 

恰好は以前と変わらず大学生っぽいままだけど、いつも肩にかけていたリュックはなく身軽になっていた。

 

きっとランナーは、大学を出てバイトに就いたのだと思った。

 

 

 

それから2,3年後、ランナーが紺地に薄いグレーのストライプが入ったスーツに濃いえんじのネクタイを締めるようになった。

 

あわてて駅へ向かう姿はそのままだけど、夏の暑い日でもキッチリネクタイを締めて額に汗を浮かばせながら走っていく。

 

ランナーは会社勤めを始めた。

 

 

 

しばらくして世の中にコロナが広まる。ランナーを見ることもなくなり僕はその存在を忘れていた。

 

 

 

そして先日、久しぶりにランナーを見た。

 

ノーネクタイにアイロンのきいたシャツ、トラッドなベージュのチノ。ビジネスバックを脇に抱え、携帯を片手に部下らしい人に指示を飛ばしながら、駅に向かって走っていた。

 

あと10分でも早く起きればあわてずに済むランナーは、上司になっていた。

 

 

 

知り合いでも何でもない。この10年、ただ僕の前を走り過ぎていっただけ。

 

そのランナーも今や責任ある立場にある。

 

なんだか嬉しい僕の気持ち。

 

 

 

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