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クリストファー・ノーランな夢

夢を見た。

 

それは数年後だった。

 

僕はいつものようにスタジオに居て、懐かしい顔を見つけ声をかける。

 

「おー元気ぃー? 久しぶりー」

 

Aと会うのは数年ぶりだった。

 

「はい、元気です。ご無沙汰してます。すみません、なかなかスタジオ来れなくて」

 

彼が半年ほど前に師事していた師匠から独立、フォトグラファーデビューしたという話は、僕の耳にも入っていた。スタジオOBOGの多くがそうだけど、彼もフォトグラファーである今、お客様としてこのスタジオに貢献しようと思ってくれるその気持ちが嬉しくも申し訳ない。

 

「いいよ、いいよ、全然気にしないで。それより、すごい調子良さそうだねー。ウワサ聞いているよ」

 

スタジオに居ればOBOGの動向はどこからか聞こえてくる。Aのこともデビューから順調に売れているという話が僕の耳にも届いていた。

 

「いえいえ、まだまだです。もっともっと頑張らないと」

 

相変わらず、さしすせその発音が特徴的なAの舌っ足らずの声を聞いて、僕はむかしのことを思い出した。

 

 

 

写真系の大学を卒業後スタジオに入社した彼は、スタッフの誰よりも写真に詳しかった。

 

当時はまだA自身の写真の方向性が定まらず、撮る作品は迷走してはいたけれど勉強は人一倍していた。

 

ただ、子供っぽかった。

 

話し方でなく、話す中身が幼稚だったから、みんなから煙たがれていた。

 

スタジオ内で先輩といわれるポジションになってからもそれは変わらなかった。

 

変わらないのに先輩になったから、面倒な人と言われていた。

 

 

 

その後、Aは迷走したままスタジオを出て、気鋭のフォトグラファーとして業界で注目されていたカメラマンのアシスタントに就く。

 

まだ、その師匠に就いて間もないころ、師匠が撮影でこのスタジオに来た。そして、わざわざ事務所にいる僕のところへAを連れてあいさつに来てくれた。

 

「フォトグラファーの○○といいます。Aを預かることになりました。僕のところからはまだだれも(カメラマンが)出ていないんです。だから、Aには頑張ってもらって、3年、、、4年後かな?ぜひ(カメラマンとして)やっていけるようになってもらいたいと思っているんです。仕事も紹介しようと思っていますし。これからもどうぞよろしくお願いします」

 

師匠は内に秘めたエネルギーがダダ漏れしてキラキラしている方だった。一介のスタジオマネージャーに過ぎない僕にそれを伝えるためだけに来てくれた行動力と機動力に、Aへの期待や意気込みを感じると同時にフォトグラファーとして売れている理由を見た気がした。

 

そのとき師匠の肩越しに少し恥ずかし気に立つAを見て、僕にはAが師匠の期待に応えることができるのか正直わからなかった。ただ、その師匠の期待に応えることこそがA自身の抱える問題を解決してくれることになるだろうとは思った。

 

 

 

当時のAはまだ知らなかったかもしれない。

 

師匠のアシスタントに対する無茶ぶりこそがアシスタントを成長させるということを。

 

あれだけ売れている師匠だから、アシスタントは寝る間もないかもしれない。休日だって思うほど取れないかもしれない。毎日大量のレタッチに追われるかもしれないし、それなのに1カットごとに求められるレタッチのクオリティーは半端ないほど高いものかもしれない。

 

しかも、師匠にとって初めてのアシスタントということは、師匠自身もアシスタントとの距離感をつかみきれずにいるかもしれない。だから、アシスタントへの態度や言動がブレることもあるかもしれない。

 

僕は、師匠の肩越しに見たAに、それを乗り越えこのチャンスをどうにかものにして欲しいと切に願った。

 

 

 

あれから数年が経つ。

 

師匠の願いは叶った。

 

それは僕の願いでもあった。

 

舌っ足らずなしゃししゅしぇしょは相変わらずだけど、しっかり先を見据えるAが頼もしい。

 

 

 

そこで目が覚めた。

 

夢だった。

 

でも、Aならきっとやってくれる。

 

 

 

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