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器とプライドの関係
晴天の続くGWの真っただ中ですが、「プライド」と「負けん気」の違いについて考えていました。今の自分より上を目指す人なら、プライドは「負けん気」という意味において必要不可欠なはずです。でも、そのプライドが「高過ぎる」と、否定的な言われ方をされてしまいます。
こんなときにこんなことを考えている僕は、我ながらよっぽどの暇人か変人に違いありません。でも、プライドの高さをy軸にして、人の器とかスケールの大きさ・心の広さをx軸としてみると、これが結構納得いくことを発見したのです。
まずは下のグラフをご覧ください。
そもそも行動を起こさない人
別にこのタイプの方が悪いというわけではありません。現状を受け入れ、無謀なことを考えないという意味では堅実な生き方であり、結局これが一番間違いないのは統計的にも明らかですから。
自分の失敗を認められない人
このタイプが、世の中でよく言うところの「プライドの高過ぎる人」です。厳密に言うと「高いプライドの割に人としての器が小さいので、未熟な自分という現状を受け入れることができない人」のことです。
僕も今のようなおっさん丸出しになる以前はそうだったかもしれません。
失敗しても何も気にしない人
器が大きいのはいいのですが、失敗しても何も感じるものがないので、「すみませーん」と謝って終わりなタイプです。何も感じないので学ぶこともなく、いつまで経っても同じようなレベルの失敗を繰り返します。
本当は自分が動じてしまうことが嫌で、「自分は自分」と言い聞かせているのかもしれません。「自分の個性」とか「キャラだから」ということにして、気にしないように努めているだけなのかもしれません。
そうやって、現状認識をごまかすことを繰り返していること自体が、その人の「個性」や「キャラ」となってしまうのにです。
失敗から多くのことを学ぶ人
一般的に失敗って、恥ずかしいし情けないものです。でも、このタイプの人は、恥ずかしくても隠しません。情けなくても逃げたりごまかしたりしません。そんなことに時間や手間をかけるより、原因を追究し、自分が二度と同じ辱めを受けないように努力します。
しかも、失敗から学ぶつもりの出来ている人は、自分の周りに起きるほんの小さな失敗の経験からも学びを得ていきます。また、他人の失敗からも、自分の学びに転換していきます。
まとめ
スタジオにお勤めの方ならご存知だと思いますが、一線で活躍されているフリーのフォトグラファーがミスして誰かに謝るシーンって見たことがありません。別にフォトグラファーは頑固だからってわけではなく、そもそもミスをしないから謝る必要がないのです。
なぜ、ミスをしないのかといえば、一つのミスが命取りとなってしまう可能性のあることを頭だけでなく心でも体でもわかっているからです。それでは、まだフォトグラファー未満の人がミスをしない人になるためにはどうすれば良いのか?
それは、失敗が許される環境の中で失敗しながら、失敗しないための術や心構えを学んでいくことです。自分の失敗を失敗と認めないような器の小さな人間になるのではなく、「すみません」を口グセにするようなプライドの無い人になるのでもなく。
ただし、受け身ではダメです。失敗から学べる環境は自分自身で作らなければなりません。その作り方は、また何かの機会に。
いずれにせよ、数年後「自分が成れなかった理由は、環境が悪かったから。」なんてクソみたいな言い訳をどこかの居酒屋さんで、この業界の人ではない誰かに話すような人にはなるなって話です。
文:田辺 政一 え:きよた ちひろ