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千夜一夜物語 ~しばりあんないと~

昼間の息苦しいほどの暑さに比べれば、まだマシな汗ばむ夜のことでした。

 

スタジオではその日の撮影も終わり、スタッフはみんな締めの作業に入っていました。その時、もう来客はないはずの入口の自動ドアが突然開いたのです。

 

「ここって、○○スタジオ?」

 

それは、黒いカウボーイハットをかぶる恰幅の良い男性でした。星条旗で作ったようなTシャツに黒い皮のベスト、エルビスプレスリーのようなヒモのたくさん垂れ下がったジーンズ。大きな金のバックルが光る皮のベルトの上には、でっぷりとしたお腹が乗っています。

 

そのいでたちに圧倒されたのか、スタッフはみんな固まってしまっています。それに気付いた年配のマネージャーがあわてて答えました。

 

「いえ、こちらは外苑スタジオといいます。○○スタジオではありません」

 

「この辺に○○スタジオがあると思うんだけど知らない?」カウボーイハットの男はかすれ気味の高い声で聞きました。

 

「○○スタジオという名前は聞かないですね。うちは今日の撮影はすべて終わっているので、うちでもないと思いますし・・ごめんなさい」年配マネージャーが答えます。

 

「ここじゃないってよ」カウボーイの男は振り向きながら言いました。

 

大柄なカウボーイの後ろには隠れて見えなかったのですが、ショートボブとはいわないおかっぱ頭の小柄な女性が立っていました。二人はそのまま夜の闇に消えていきました。

 

 

しばらくして、スタッフのみんなが帰り支度を始めたころ、また入り口の自動ドアが開きました。今度は宇宙人のような二人の女性が立っていました。

 

ピンク地に白いレースのカチューシャ、ワイヤー入りのピンクのロリータパニエに、大きなビジューリボンのついたエナメルのサンダル。上から下まで全身ピンクのまったく同じ格好をした中年女性二人組は、ワイヤーの入ったパニエスカートの広がりと同じ角度に両手を広げたまま、スタジオの地球人に向かってハモリながら声を発しました。

 

「ここここはは、、○○○○ススタタジジオオささんんでですすかか??」

 

そのハモリ声には人間の時間を止める効果があるのかもしれません。スタッフはみんな動かなくなりました。

 

「いえ、○○スタジオではありません。ここは外苑スタジオといいます」かろうじてテレキネシスが届かなかったマネージャーが答えます。

 

「そそううでですすかか。わわかかりりままししたた、、あありりががととうう」

 

そう言うと二人は両手の角度をそのままに、小刻みに方向転換すると足を前後に動かしているようには見えないまま音もなく夜の闇に消えていきました。

 

「何があるんだ!○○スタジオって何?」姿が見えなくなるのを待ってマネージャーが叫びました。

 

「なんすかねー。○○スタジオ気になりますよねー」スタッフもみんな興奮していています。

 

今夜、この街で何かが起きることは確かです。スタッフはみんな帰ることも忘れ、スマホで○○スタジオを調べ始めました。

 

 

すると、また不思議ないでたちの人たちが入ってきたのです。

 

「ここは○○スタジオですか」

 

仕立ての良い着物を着た端正な顔立ちの男性でした。その後ろには焦点の合っていないまま斜め上のどこかを見ている女性がゆらっと立っています。首には黒いレースのチョーカー、黒いタイトなミニのワンピースは背中が大きく開いていました。その後ろには、紫色の布に包まれた2m以上はある長い棒状のものを横に背負った若い男がいました。スタッフもマネージャーも、そんな長物を背負ったままどうやってここまで来たのかはわかりませんでした。

 

マネージャーが一計を案じます。

 

「いえ、ここは○○スタジオではありませんが、ご近所ならわかるかもしれません。何かの撮影かイベントですか」何かヒントとなるものを聞き出そうと考え、こう聞いたのです。

 

「今日は□□□□さんの引退興行で、そこに呼ばれている△△といいます」着物の男は、見た目だけでなく声も端正でした。

 

「・・・すみません、それですとわからないです。ごめんなさい。」マネージャーは少し考えるフリをしてからそう答えました。

 

「わかりました。ありがとう」端正な着物の男はそう言うと、夜の闇へ向かい歩き出しました。焦点の合っていない女は、見えない糸に引かれるように何も言わずにその後ろをついていきました。長物を背負った男は、ぶつけないように慎重に向きを変え、小走りに二人を追いかけていきました。

 

「□□□□さんの引退興行だって」3人が見えなくなるのを待って、マネージャーは叫びます。

 

でも、その時にはすでにスタッフはみんなスマホで検索しまくっていました。

 

「あっ、これじゃないですか」そのうちの一人がTwitterにあったそれを見つけます。

 

みんなが覗き込みました。映画のチラシのような画像には、女流縛師□□□□引退興行、ゲスト出演△△△△とあります。そのゲスト出演者こそ、着物の男その人だったのです。

 

どうやらこの夜、スタジオからほど近い場所にある建物の地下スペースでは、緊縛ショーが行われるとのこと。○○スタジオと称したイベント会場の入場料は男性5,000円、女性無料でした。

 

100%ノンフィクションの千夜一夜。

 

幾千もの星たちが今夜もこの街の夜を彩ります。

 

その日、スタッフのSと年配のマネージャーはそのイベントに参加したのか。で、どーだったのか。この続きは、また今度。

 

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