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僕の耳に念仏
カメラマンに限らず、プロフェッショナルな仕事を極めようとする人すべてに言えることだと思います。人は、それを実現するまでの過程の中で、「開眼」を経験するものです。今風に言えばブレイクスルー体験。
開眼前の人は見えているつもりで実は何も見えていないし、気付かないから、自分は順調、何の問題もないと思い込んでいます。仮に人からアドバイスをもらっても、自分にピンとこなければ大して重要なこととも思えません。しかも今の自分は何となくうまくいっている気がするし、このまま何とかうまくいけるだろうという漠然とした自信に支えられています。
それが開眼すると、ヤバいことが見えてしまうし、気になるから自ら探します。その問題を乗り越えないことには先に進めないから、その対策に奔走しなくてはいけません。開眼前の自分が呆れるほどのんきだったってことにショックを受けます。他人はそんな姿を見て「頑張っている」とか「努力している」と言ってくれますが、正直自分的にはやらないで放置しているほうが嫌だからやっているだけに過ぎません。
ここ2年程、僕は知り合いのカメラマンさんに誘われて海釣りに行くようになりました。元々、釣りに興味はありませんでしたが、知り合いとの時間は楽しいし、近所の魚屋さんでは手に入らない鮮度の高い魚が美味しいし、船の上でボーっと海を眺めているのは気持ちいいし、誘われれば喜んでついていきました。冗談半分にその知り合いを師匠と崇めながら。
その師匠といえば、申し訳ないほど僕に色々手ほどきしてくれます。いつまでも自前の釣り道具を買い揃えない僕に、いつも何でも快く貸してくれます。また、釣り方のコツ、道具の重要性やおススメの物など、事あるごとに様々なことを教えてくれます。でも、僕は正直そこまで釣りにこだわる気もありませんし、自分にとってそれほど重要ではないと思っていたので、師匠の話はいつも聞き流していました。
そして、先週。その日は、これまで何度もやったアジ釣り。いつもの仕掛けと船長の指示に従えば、いつも何十匹と釣れる簡単お手軽な釣りです。でも、その日に限り、僕は4匹しか釣れません。師匠はもちろんのこと同じ船に乗り合わせた方は皆さん何十匹と釣っていたのに、僕だけ4匹。おかしい。もっと釣れるはずなのに釣れない。何かが違う。そして、悔しい。
帰りの車の中で何がいけなかったのか、僕は色々考えていました。レンタルした釣竿は所詮レンタルだから、そのせいだったのか? それにしても釣れなさ過ぎだから他にも原因があるに違いない。 エサの付いた仕掛けを海の中に投げ入れてからの動作が良くなかったのか? せっかちに動かさずもう少しじっくり待っていれば良かったのか? 色々な考えが浮かび、いくつかの原因と対策が見えてきました。
で、気付いたのです。自分で思いついたつもりのそれらの解決策、すべて師匠が以前から僕に言ってくれていたことだったと。動作も、道具も、コツもこだわりも、自分自身で考えたつもりでしたが、全部以前僕が聞き流していた師匠の教えだったのです。
師匠から釣りに誘われるようになって2年、僕はやっと釣りの奥深さと面白さに開眼したのです。
「なんだ、釣りの話かよ」と言うなかれ。
開眼前、師匠の言葉は僕にとって馬の耳に念仏でした。 その駄馬が釣れなかった悔しさを知り、自ら答え探すようになってはじめて、師匠の唱えるおまじないが実は有難い教えだったと理解できるようになったのです。
写真だって、自分が何となくウマく撮れていると思い込んでいるうちは、まだまだ。プロフェッショナルへの道は、挫折の滝つぼの深さを知ってからが本当の意味でのスタートなのです。