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この業界を去る人へ
僕は昔、アルピニスト(登山家)になりたいと本気で考えていた時期がありました。山に取り憑かれた自分って、ちょっとカッコいいんじゃね、なんて思っていました。
学生の頃はバイトのお金が入れば、学校サボって山登りに行っていました。真冬の厳冬期に一人で北アルプスの縦走をしていた高校生は、日本でもそれほど多くはいないと思います。
そんな僕でしたから、そんじょそこらの人より山登りが好きだと思っていました。そして、登山家として生きていくにはどうすればいいのか、真剣に模索していました。
そうこうしているうちに、当時その世界で著名な登山家と出会い、僕はその偶然を何かの天命と信じ込み、その方の山岳グループの門をたたきました。
で、すぐに辞めました。正直に言うと、ブッチしました。と、いうよりも、何の期待もされていなかったので、消えても誰も気づいていなかったと思います。
今、思えば、周りの大人たちは生き様も技術も経験も、僕とは圧倒的に違う本物のアルピニスト(登山家)でした。僕はその大人たちを見て、自分のちっぽけさをまざまざと思い知らされたのです。
もちろん、ここで「なにくそ~」とか言って、山登りを極めるべく頑張っていれば、僕は違った人生を歩んでいたのかもしれません。でも、その選択肢は当時の自分の中にはありませんでした。
今でも山登りは好きですが、山を極めるつもりはまったくありません。結果的に山登りや岩登りは、僕にとって余暇を楽しむための単なる趣味やスポーツでしかありません。
もっとも、そう言えるようになったのはかなり大人になってからです。あの頃はカッコ悪くて、情けなくて、しばらくは自分の中で封印したい過去でしかありませんでした。
先日の撮影で来られたフォトグラファーのアシスタントさんが言っていました。「どこのスタジオも、辞める人は辞めていくし。カメラマンデビューをしても、上手くいくかどうかはわからないし。淘汰されて生き残ったカメラマンって、本当すごいと思いますよ。」
今の自分ではない自分を目指すということは、自分の自己保存の本能と闘うということです。自己を大事に保存したまま、それなりのことを成し得た人を僕は知りません。
今の自分ではない自分を目指そうと心に決め、スタジオに入る人もいれば、アシスタントに就く人もいます。でも、そこを中途半端に去ると決めた人は、決まって「ここではない、もっと自分に合った違う形で当初から目標としていたものを目指すことにした。」と、言います。
僕のデータでは、このセリフを言った90%以上の人が、その後この業界を去っていきます。なぜなら、当初から目指していた自分に行き着くには、場所を変えようと、やり方を変えようと、乗り越えるべきものはまったく変わらないものだからです。
その人が、「ここではない、違う形」に活路を見出した時、すでにその人は自己保存本能との戦いに敗れていたのです。
あなたの目指す何かが、結果的には単なる趣味だったとならないためには、乗り越えるべきものが必ずあります。それを見極められないうちは、自己保存本能との闘いに明け暮れるしかありません。
地元の友人や、一般的な企業にお勤めの方には理解されがたい生き方です。でも、乗り越えることさえ出来れば魅力的な生き方だと思うのです。