• オヤジ☆ブログ【シャブレ・ジブレ】

春雷

今から二十数年前。スタジオPART2がオープンした年の9月。

 

ふと思い立ち、僕は禅寺の修行体験に行った。

 

オープンしたばかりのスタジオは何かと忙しく、僕はその年の夏休みを取るのは無理だと諦めていた。事の始まりは9月のある週末、あれ?来週休める!と気付いたことからだった。

 

と、いっても今さら何をして過ごそうかと思った。当時、付き合っている人はいなかったし、いきなり来週の話だったから友人を誘って旅行というのも無理な話だった。といって、家でじーっとしているのはイヤだった。

 

そこで、以前から気になっていた禅寺の宿坊での修行体験に行ってみることにした。もっとも、宗教にも仏教にも興味はなく、実家には仏壇もなく、先祖のお墓があるお寺が何宗かも知らない僕だ。

 

当初はどうせ行くなら日本一有名な禅寺の曹洞宗大本山永平寺を考えた。それしか知らないし。でも、当時の永平寺は外部の受け入れに厳しく、サイトには「旅行気分で修行に来ようとする人は申し込んでくれるな」的な注意書きがあるほど。僕はまさしくその旅行気分なので、仕切り直してもっとゆるく修行気分の味わえる寺を探すことにした。

 

それは京都の山奥にある臨済宗の寺だった。残暑も終わり、秋の気配を感じ始めるその山寺には、心地よい風が流れていた。

 

しかし、座禅は苦痛以外の何物でもない。足は痛いし、背中は痺れるし、思い浮かぶことはただただ「早く終わらないかな~」。無の境地なんて言葉があるが、そんなものは修行のプロのレベルな人の話だと思う。座禅中の僕には雑念と煩悩しかなかった。遠くを走るローカル線が30分おきに線路の継ぎ目を叩く。その音を頼りに頭の中で「あと、1時間・・・あと、30分」とカウントダウンしつつ、朝も昼も夜もひたすら我慢していた。

 

ただ、毎日浴びるように飲んでいた酒を飲まないからか、やることもないから夜は早く寝て毎朝5時には起床していたからか、毎朝の日課の呼吸を整える太極拳のおかげか、動物性のものが一切ない美味しい京野菜の食事のせいか、妙に頭がスッキリしていたのは確かだった。

 

4日目か5日目の座禅中、いつものように頭の中で雑念と煩悩が黒い雲のように渦巻く中、突然稲光が遥か天上から落ちてきた。そのあふれんばかりの光で僕の頭の中の視界は真っ白に飛び、春雷のごとき稲妻が僕の脳天から心臓を経て足先に抜け、僕に明確な道を与えた。「Kちゃん」

 

「え?Kちゃん?」

 

「なんで、Kちゃん?」

 

当時、同じフラワーアレンジメント教室に通う人で、その教室の人たちと一緒に何度か飲みに行ったことがある程度の友人?知り合い?だった。まだSNSが無かった時代、携帯の番号すら知らない程度の人だ。

 

僕はその時、春雷のような稲光に撃たれ、Kちゃんとの結婚を悟った。

 

東京に帰り、フラワーアレンジメントの先生に次の教室の日に飲み会を企画してもらい、その飲み会でKちゃんをデートに誘い、その初めてのデートで僕とKちゃんが結婚する運命にあることを伝えた。

 

 

あれから二十数年が経つ。旧姓Kちゃん、僕の奥さんは、この禅寺の一件をまったく信じていない。だれかとの酒の席を盛り上げるための僕の鉄板の作り話だと思っている。それでも構わず僕が飲みの席でこのエピソードを披露すると、「なんで、この人はこんなウソ話を得意げに言うんだろう」って顔で露骨に嫌がる。

 

 

なぜ、こんな話を書こうと思ったかといえば、いつもうちの奥さんが決める家族の旅行計画が今年は子供の都合で決められないまま、7月、8月とスタッフに先に夏休み申請を出されてしまったから。僕は仕方なく、今年の夏休みを9月に取ることにした。

 

でも、9月だと子供たちは学校だし、奥さんは仕事がある。

 

だからあの時以来だけど、またあの山寺に行ってみようかと思ったのだ。別にあの時と同じで、何かの答えを探しているつもりはないのだけれど。

 

でも、また何かあの時のように突拍子もないものが降ってきたら、それはそれで面白いな~っと密かに思っている。

 

そんな期待こそ、煩悩のようなものだから間違っても何も起こらないだろうけど。

 

京野菜や豆腐が美味過ぎて修行なのに太って帰ってくる宿坊体験と、僕の結婚のお話。

 

 

 

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