• オヤジ☆ブログ【シャブレ・ジブレ】

成功のエスカレーター

 

僕が10代、20代の頃。年上の人から何度か、助言やアドバイスをもらったことがあります。こちらが求めたわけではありません。たぶん、その方たちは日頃の僕を見て、僕の将来を心配し、好意で言ってくれたのだと思います。もっとも、僕にはその指摘の意味がピンときませんでした。もちろん、日本語はわかります。だから、言わんとしていることもわかります。ただ、心に響かない。胸に刺さるものが無いので、僕の中には「?」しか残りません。しかも、その時の自分は指摘されたことに困っている気はしないし、その人がいう程それが重要な問題だとも思えません。そもそも、将来のことなんかわからんし。なのに「あーするべきだ。こーしなくちゃいけない」って「何なのこの人?」って感じでした。

 

それから四半世紀。スタジオスタッフのお父さんと似たような年齢の僕は、スタッフのためを思って「もっと、こうしたほうがいいんじゃない?」とか「こうゆう部分を意識していくと、もっと良くなると思うよ」とアドバイスしています。もちろん、頼まれてなんかいません。僕がお節介にも助言をしたくなるスタッフは、このままだといずれ大きな挫折をしたり、無駄に遠回りをすることになると思える人たちです。僕には人生経験上それが手に取るようにわかります。だから、職務上というよりは“人”として言わずにはいられないのです。でも、その後の彼らを見る限り、僕のおせっかいな助言を素直に受け入れる人はほとんどいません。たぶん、僕の言葉が彼らの胸に刺さっていないのだと思います。昔の僕とまったく同じです。

 

これってある意味、「運命」です。だって、周りがどう言おうと本人にその言葉が通じないのです。その結果、案の定遠回りをしたり、失敗したりするのですから。若い頃の僕も周りからのアドバイスが意味不明なまま、心配された通りの不器用な人生を送ってきたのだと思います。自分では、その時々の自分の心に素直に従って、まっすぐ生きてきたつもりです。だから、後悔・失敗・過ちは数え切れないほどしてきましたが、正直どうしようもありませんでした。

 

もし、皆さんに心から尊敬できる人がいるならば、「もういいや」と思えるまで、その人と接する機会を増やすべきです。尊敬するフォトグラファーを師匠とすることと同じです。若い頃の僕は自意識過剰だった上に意固地だったので、素直に尊敬できる人を見出すことができませんでした。人は同じ内容のアドバイスをもらっても、こちらがその人を“その他大勢”と見るか“リスペクトしている人”と見るのかで、自分の聞こうとする姿勢が180度変わるものです。校長先生の立派な話は記憶に残りませんが、好きだった先生の言葉は覚えているでしょ。

 

世の中には、自分の人生を先の先まで冷静に見通し、そのために必要な努力を計画通りに実行し、幸せや成功の階段を駆け上がっている人がいるそうです。でも、僕自身も、僕の周りの多くの人も、最初から完璧な人生を送っているような人は見当たりません。逆に結果的には成功している人ですら、若い頃には何らかの挫折を経験している人がほとんどです。

 

大切なことは、失敗をしないことではありません。その失敗からどれだけのことを学び、次への成長につなげることができるかです。親のいいなりが良い子であるなら、良い子は大人になる過程で葛藤を経験しなくてはいけません。失敗を恐れ、行動を踏みとどまる人は、狭い世界の住人のままです。「失敗を恐れる」殻から飛び出して、「失敗を糧にできる」自分をクセづけすることが、成功のエスカレーターに乗る唯一の方法だと思うのです。

 

 

 

 

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