• コラム

ライスワークに気をつけろ

ライフとライス

「すぐに無理なのは自分でもわかっています。だから、まずは広告系のカメラマンをやって、徐々にウエイトを作家の方に移していこうと考えています。ただ、自分にはまだその技術も知識もないので、スタジオで学ばせて頂こうと思い、こうして外苑スタジオさんの門をたたかせて頂いた次第です。」

 

先日お会いした、写真作家になりたいという方はとても饒舌でした。

 

僕はそう聞いて、まずその方に「アーティスト」と「プロフェッショナル」の違いについて確認しておく必要があると思いました。そこで、言葉を選びつつその話を切り出そうとしたら、さもわかっているかのようにブッタ切られたのです。

 

「ああ、ライフワークとライスワークのことですね。」

 

ライフとライス?何のことだかわかりませんが、たぶん大きく違うと思いました。

 

ステルスマーケティング

その時はそこにこだわる時間もなかったので、その言葉は受け流して話を先に進めました。でも、あとで何だろうと気になり、一人でググってみたのです。

 

すると、「ライフワーク」にかけて「ライスワーク」という造語を対比させる記事がたくさん出てきまました。どれも親切な記事なので、それぞれのサイトがこの言葉の定義をていねいに説明しています。

 

どの記事も「ライスワーク」の定義を『生活のため(ご飯を食べていくため)に働くこと』と説明しています。

 

それに対して「ライフワーク」の定義は、

・夢や自分の好きなことを追い求める活動

・その仕事が好きで働くこと

・生まれてきた使命や夢、志に生きる仕事

 

要は仕方なく働くよりも、夢があって好きなことを仕事にしたほうがいいって提案・アドバイスです。そのために耳触りの良い「ライ」に、語呂の合う「ライ」を掛け合わせたのは上手いと思いました。

 

ただし、僕はオッサンなので、当然向こう側が透けて見えてしまいます。これらの記事を書いたライターさんは、人材関連企業からの依頼に応えて書いたのだと。

 

転職を望む人が増えれば増えるほど、人材関連企業は売上が上がるわけですから。企業なら、世の中の転職ニーズを掘り起こすために、その手の記事を書かせるくらい当たり前にやるはずです。

 

その結果、思惑通りに「ライ」と「ライ」の対比という解釈は浸透し、僕の目の前にもその考え方を訳知り顔で語る方が現れたわけです。

 

そもそも、造語である「ライワーク」の対義語は「ライワーク」ではないのにです。

 

天職と適職

元々、英語の「ライワーク(lifework)」は天職と訳されてきました。生きていることそれ自体が働いていることになっている状態や境地のことです。

 

僕は半世紀以上生きてきましたが、自分の夢や好きことを探し求め、いろいろな仕事を渡り歩いていた人がやがて天職に出会えたという話を聞いたことがありません。でも、最初は食っていくために何となく就いたとか、親から嫌々継いだ仕事とかが、何年か経つうちにいつの間にか天職になってしまったという話はそこら中にゴロゴロ転がっています。

 

また、以前NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」という番組が、一人の警備員のお爺さんを取り上げたことがありました。「プロフェッショナル」といえば、その道のプロ中のプロ、業界でも一目置かれる存在の人を取り上げるドキュメント番組です。僕は見た瞬間、正直に言って「え?なんで工事現場の交通誘導のお爺ちゃん?」と思いました。でも、見れば確かにお爺さんはプロフェッショナルだったのです。そして彼の仕事ぶりは、生き様と見事にリンクしていました。その人にしてみれば、警備員の仕事こそがライフワークだったといえるのです。

 

だから、「ライワーク」は「ワーク」の進化・発展系、または環境適応系であって、食うための仕事の対義語ではありません。

 

あえていえば、造語である「ライワーク」の対義語は、自分の適性に合っていてストレスなく働ける仕事である「適職」です。

 

もっとも、「適職」では英語でsuitable occupationとなりネタとして語呂が悪すぎます。しかも、適職って実際に働いてみないとわからないものです。「やってみないとわからないこと」をおススメする記事なんて書いても、世の中の転職ニーズを掘り起こすのは無理でしょう。

 

自己責任

撮影業界における「アーティスト」と「プロフェッショナル」のことを言いたくて書き始めたのですが、前置きだけでここまで(1800文字)きてしまいました。「アーティスト」と「プロフェッショナル」の件は、また次の機会ということで。

 

ステマのせいで、人生の一時期を勘違いして生きていくはめになっても、それは自己責任でしかないですから。つい熱くなってしまいました。すみません。

 

文:田辺 政一  え:きよた ちひろ

コラム一覧に戻る